| 東日本大震災の後、余震に脅えながら、東京電力福島第一原子力発電所の事故に怒る。これからどう生きればいいのか、今までどう生きてきたか等、考え悩み迷いながら思いを綴った私的戦後教育史。
この大震災は、ずっと書こうとしてなかなか果たせなかった自分の歴史と重ねた戦後史、それをまとめるきっかけになってしまいました。今回のことでさらによくわかったことは、戦後教育の意味、その後のこの国の二重構造のおかしさ、いささかオーバーなことを言えば私の生きてきた時代が見えてきたということです。(中略)そして今回のことから見えてきたことを書こうと思いました。今回の大震災によってあぶり出されたものを私なりの場所から書こうと思います。その後の章で、私の生い立ちから学校教育、仕事など、思ったままを正直に書いていきます。時間は行ったり来たりします。とりあえず、いま思う素朴なことを書き残します。<本書「序にかえて」より>
【目次より】
咲き乱れる花々と放射能
大震災に思う――2011年3月11日
私は福島に「帰り」ます
高校入試と大学入試の頃
―1960年代〜70年代
価値観を決める苦悩
―2か月間ひきこもり 1960年代
自分を見つけるゆりかご
―四万十川の四季 1950年代末
私が悪いわけじゃなかった
―幼児期から小学校時代 1946〜1950年代
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