永い戦後が終った ぼくにとって詩は、どうやらもう一人のぼくであるようだ。 この世に生を享け凡俗を出ない人間が、並みの希みを砲いて、並みの世渡りをして、極く当たり前に生きようと計ったとき、この国の小さな身過ぎ世過ぎの対価が如何に過酷にわたるものかを、痛い程思い知らされた。 ぼくの生きた時代の凄惨な戦争や永く続いた貧しい政治は、徒に人から美しい生命の耀きを奪い、花々から彩りや香しい匂いを、鳥や虫から透き通る音色を吹き消してやまなかったから、もう一人のぼくは我慢のならない片肘を尖がりに尖がらせて、転生の歯車に無念の詩をのせたのである。 そして、ぼくの永いながい戦後はようやく終った。 ぼくの前にあるのは、まだだれも触れていない、汚れのない明日があるだけだ。だから詩集『春の雪』と前作『結露』は、その前日の、戦後という深い間の夜に創られたものだ。
(あとがきより抜粋)